興味深いパラダイムに対する考えを積み重ねる場にしたいです.


by patyakatya
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カテゴリ:クオリアという考え方( 4 )

数学の世界には完全にランダムな,すなわち「なんら情報を持っていない」現象が存在するとチャイティンは述べている.これは,「世の中には(情報理論的に見れば)なんら情報を持っていない現象が存在する」ということに繋がる.ところで,(脳も含めた)ハードの「違い」がクオリアの多様性を生み出していると考えられる.つまり,クオリアはハードに固有の現象だ.この「ハードごとに固有のクオリアが存在するという事実」と,「(情報理論的には)なんら情報を持っていない現象が存在するという事実」の間には,なんらかの関係がある気がする.これはちょっと面白い問題だと思うので,少しずつ考えていきたいと思っています.
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by patyakatya | 2005-08-20 12:25 | クオリアという考え方

夢想について

ガストン・バシュラールが述べるように、夢想は本質的に個的で、従って解り合えないものだと僕は考える。しかし人は他人の為にだけ生きているわけじゃあないので、自分ひとりで楽しむ遊びがあったって、もちろんいいんだろうと考える。夢想は一人遊びだ。それは個的であるがゆえに、希望にも夢にも精一杯の楽しみにもなる。一生解り合えないことは沢山ある。だけど解らないからってそれを気に入らないと考えるのは間違いだ。自分一人にしか解らない夢や希望や楽しみは誰にでもある。そういうものをもっともっと認めていきたい。
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by patyakatya | 2005-06-10 13:17 | クオリアという考え方
意識と無意識をそれぞれ「生産者」として考えると、意識よりも無意識のほうが「他とは違うもの」を作るのに適しているように思える。それはまあ「同じ」を作るのが意識の特性であるからだと思うんだけど、じゃあなんで「無意識」は(かろうじて?)他とは違うものを作れるのか?

無意識がどうして「他とは違うもの」を作れるかというと、それはやっぱり身体あるいは脳が基本的には「他(他人の身体や脳)とは違うもの」であるからだと思う。身体や脳のそういう「他とは違う」という側面を上手く利用して、人は「トーン」、すなわち「他のどのクオリアとも異なるクオリア」を作り上げるのだと思う。そして、身体や脳の「他とは違う」という側面を上手く使うためには、「"同じ"というものをどうしてもを志向してしまう意識」をあんまり使わない、つまり「無意識で作る」という手法が有効なんだろう。無意識だから「トーン」は当然意識的には制御できないけど、長いスパンを通じて、例えば感性や肉体を制御するように制御することはできるだろう。

#もちろん、「他とは違うもの」がただ「他とは違う」から良い生産品になるとは限らない。生産品のよしあしの評価基準ってのは、多分これとは全然違う話になるんだろうと思う。
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by patyakatya | 2005-06-09 13:13 | クオリアという考え方

八百万の神について

八百万の神が八百万のクオリアを表しているとする.八百万のクオリアから事物の深奥に対してどのように近づくことができるのだろうか.八百万のクオリアの向こうに道が繋がっているという「直観」は何なのだろうか.どう思いますか?
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by patyakatya | 2005-02-04 00:07 | クオリアという考え方