興味深いパラダイムに対する考えを積み重ねる場にしたいです.


by patyakatya
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カテゴリ:複雑さ,あるいは情報理論( 2 )

この間チャイティンの「知の限界」を読んでいたときに(きちんと理解できていないんですが),ふと,「ランダムさ」あるいは「複雑さ」というパラダイムは,「遠近」というパラダイムに対比して捉えれば良いのではないだろうかと感じました.

例えばお勉強という行為を「遠近」というパラダイムを用いてモデル化すると,

#Aを理解する→Aを踏まえてBを理解する→Bを踏まえてCを理解する

という形になるような気がする.地道に先に進んでいくというモデル.
対して「複雑さ」というパラダイムを用いてモデル化されたお勉強という行為は,

#Cについて書かれた文章を,運任せで探し続ける

という形になる.単純だけど大切なのは,運あるいは偶然という要素を考慮しているという点だ.google検索なんかは,この偶然という要素を可能な限り軽減させるから嬉しいわけである.

1.大学における「学際的な学部」と「伝統的な学部」の役割分担は,それぞれ「複雑な世界(答えに到達するには運が必要になる世界)」に対処する学部と,「遠い所に答えがある世界(答えに到達するには時間が必要になる世界)」に対処する学部という風に考えられるかもしれない.

2.ボルヘスの「アル・ムターシムを求めて」は「遠近」っていう考え方を表現した物語だったわけだけど,この「複雑さ」という考え方をラディカルに表現した文章も,多分絶対面白いに違いない.
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by patyakatya | 2005-08-15 12:26 | 複雑さ,あるいは情報理論
「美しさ」というものは発見されるものである.だから美しさという感じと秘密という感じは,どこか秘密の部分で繋がっているような感じがなんとなくする.この感じは美しい感じであり,そのこと自体が発見であり,したがってこの合わせ鏡のような終わりの無い構造自体が魅力的になる.

推理小説というジャンルを眺めれば了解できることだが,全ての秘密は彼にとっての呪物(フェティッシュ)であり,秘密を解読する瞬間は常に想像力が解放される瞬間でもある.

ところで,発見という行為は,工学的には相互情報量という観点から捉えることが(一応)できる.その意味はかなり簡単で,相互情報量が多い「領域」とは,すなわちその「領域」に関して「一を聞いて十を知る」ことができる領域である,ということになる.相互情報量という考え方のポイントは,最初から情報が見える領域ではなく,一を聞くことによって初めて豊富な情報を見ることができる領域こそが有用である,という点にある.カオス解析では相互情報量が多い領域のことを「カオスの縁」と呼ぶらしい.

考えてみれば,確かに人は相互情報量を多く得られる行為(したがって,相互情報量の多い領域での行為)を喜ぶ傾向にあると思う.例えば囲碁なんかは一手一手で得られる相互情報量が多い遊びなんだろうなという感じがして,それが面白さの一因なんだろうなと思われる.きっと棋譜の中には秘密と発見が物凄い密度で渦巻いているのだろう.また,いうまでもなく数学的帰納法によって無限の数列を想像するということは,多量の相互情報量を得るということに繋がるのだろう.

こういう工学的な考え方は必ず何かをそぎ落としているから,だから結局モノを作るためだけに存在するわけで,だからこの考え方を発展させて何かを作らないと結局面白くないなと思ったよ.
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by patyakatya | 2005-02-07 01:25 | 複雑さ,あるいは情報理論